Archive for the ‘九鬼断易を学ぶ’ Category

淫祠

土曜日, 8月 19th, 2017

官鬼を宗廟寺社として判断した場合、玄武が臨めば、あるいは陰爻であれば、それを淫祠(いんし)と解釈する場合がある。我が家の電子辞書さんによると「邪神を祀る祠」ということになっているらしいが、個人的には、井上円了が定義した、「道理に反した、あるいは非道徳的な願いを叶えるための儀式を行う場所」という解釈が妥当と思う。たとえ道理にかなっていたとしても、真言立川流や性魔術のような場合は、玄武の持つ性的な意味合いからも淫祠に分類すべき。

私の場合は、基本的に懐疑論者で、神仏や霊を信じて云々という感覚はほとんどないため、今一つ受け入れがたく思っているのだが、通常、正神正仏は、断易においては、四値で示される。爻の上に顕れる官鬼は、往々にして物理的に存在するものを示すが、まれに超自然的な神仏や人霊の類を指す場合は、高位の神仏よりも霊位の低い精霊や自然神、あるいは依り代としてのご神体の類か、人霊、邪神、邪霊、動物霊の類となる。旺相していれば力は強く、衰弱していれば弱い。善悪を知りたい場合は、青龍、朱雀、勾陳であれば信頼が出来、トウ蛇、白虎、玄武であれば、危険な存在と判断する。ただこれも、占的によって、例えば切除術を得意とする外科医の指導霊云々と筮した場合は、血を好む白虎が臨むのを吉とするので、六神のみで短絡的に善悪の判断をすることは薦めない。後述する解説の中で「青龍が臨めば正神」と記されているが、正式な儀式を経て御霊入れされた神仏像や、善良な自然霊、竜神などの類とした方が断易の理に適う。

ピタゴラス派の数秘術の一種として、以前ムーの実用スペシャルで霊祟秘伝なるシュールな占いが紹介されたことがあったが、断易における祟禍占は、疾病占の一種として分類されている。断易精蘊より一部抜き書きをしておいた。九鬼はこのジャンルに関しては資料も実占も極端に少ないので、不十分な解説しか出来ないと忸怩たる想いを吐露している。八幡書店の断易精蘊は、鴨書店が再刊した断易真義、それから原書房再刊の断易発玄と三冊揃えて学ぶのが良い。ただし、相応の読解力が必要。少なくとも易(ピー)大全の著述上の矛盾程度は見抜けないと話にならない。

およそ祟禍を占い、卦中の官鬼が休囚、空亡、破、墓、絶にあれば、皆鬼神の祟りではない。官鬼旺相し、あるいは日月を帯び、あるいは冲起合起などの象があれば、皆、霊魔の禍として論じる。

官鬼の五行をもって、何の祟禍かを知るには、次のようにする。
木行の官鬼は、東方の神霊を犯すか、あるいは樹木の精、また凶方に建築修繕した祟り、あるいは縊死、また木によって死んだ怨霊。
火行の官鬼は、南方の神霊を犯すか、あるいは南の凶方を犯すか、あるいは竈や炉をつぶしたか、あるいは火により死んだ怨霊。
土行の官鬼は、中央の廟祠を犯すか、あるいは凶方の土を動かし、あるいは土壌の死因に関わる霊か、あるいは田野の神、山祇神等の祟り。
金行の官鬼は、西方の神の祟りか、あるいは西の凶方位を犯すか、あるいは武神金像、あるいは刀剣金傷により亡くなった怨霊。
水行の官鬼は、北方の神を犯すか、北の凶方位を犯すか、あるいは水神や井戸の祟り、あるいは水死による怨霊。

官鬼の六神をもって、その祟りの原因を知るには次のようにする。

青竜は正神。
朱雀は呪詛。
勾陳は土を動かす禍。
トウ蛇は魅蛇、あるいは妖邪
白虎は血涜金像
玄武は死因が不明の陰鬼等

官鬼が陽爻に属すれば陽神とし、宗祖の霊とし、男子の霊とする。陰爻に属すれば、陰鬼とし、淫祠とし、女子の霊魂とする。

八卦をもって推察するには、次のようにする。

乾は正神とし、祖宗の霊とし、郊野の神とする。
坤は田土の神、あるいは墳墓の祟りとする。
震は古木老樹の精とする。
巽は縊死、木害による霊とする。
坎は水神、水死の霊とする。
離は文神、焚死の霊とする。
艮を山精、山祇神、また墳陵とする。
兌を寺院、仏魔、仏像に関わる祟りとする。

他は八卦の象意より判断する。

爻位より判断する場合は

初爻は井戸
二爻は宅舎の禍
三爻は門戸
四爻は壁や塀
五爻は道路
上爻は、遠いところの霊でなければ、祖先の祟りとする。

卦身をもって判断する場合は、次のようにする。

官鬼が卦身を剋すれば、家に怨恨がある。
卦身が官鬼を剋すれば、妻妾の陰鬼とする。
卦身が官鬼を生じれば、小児あるいは僧侶道の鬼とする。
官鬼が卦身を生じれば、祖先等の霊とする。
生剋合冲なければ、兄弟朋友の霊と断じる。

官鬼が墓に入れば伏屍とし、刑を帯びれば刑死の鬼とし、絶に逢えば供養されていない霊とし、太歳が臨めば祖先の霊とし、日月が臨めば亡くなったばかりの霊とし、墓が刑を兼ねれば、刑死した霊とする。
妻財が発動して官鬼に化せば、婦人の霊魂とする。もし官鬼に合したり、化出の官鬼と合したりすれば、いずれも情交を持った婦女の恨みとする。妻財が世爻官鬼の下に伏したとしても同様。
官鬼が発動すれば、その化出の六神を見る。玄武は私怨がある霊。トウ蛇は魑魅の妖。もし坎宮のトウ蛇の官鬼であれば、必ず狐狸の憑依とする。
官鬼が世爻に臨んでいれば、未だに願いをかなえていないための禍である。世爻の下に伏せば、誠心誠意祀っていないことからの祟り。妻財が空亡に化せば、祭祀を廃止したための祟りである。
官鬼が二爻にあれば、住宅の不安がある。応爻上に臨めば、その宅の門口不利の祟りである。
官鬼がトウ蛇を持せば、虚驚怪異の事がある。陰爻にあっては、夢寐(むび)の驚とする。世爻を剋すれば、夢の中で神仏の祟りであることが示されることがある。
官鬼が二爻の木に臨み、あるいは父母の爻の下に、木行の官鬼が伏していれば、埋葬の仕方のせいで、霊が安んじていない。
祟禍の原因を明らかにすれば、それぞれの方法で、謹んで儀式や供養を行って解決すること。

ただの抜き書きで、誤変換や誤入力もあるのだがとりあえずそのままで。後日kindle版では時代背景の差異も考慮しつつ、修正をする予定。

天災占に関する備忘録

火曜日, 8月 15th, 2017

断易において天災占を行う場合、常に完璧な占筮が可能な人間などいないに等しいため、天災そのものの時期や場所を占うだけでは充分とはいえない。占えないことはないが、その性質上誤断は許されない。時期を予測して外れるのはまだいいにしても、名の売れた易者が安全と断定した時期に災害があれば、いたずらに被害の拡大を招きかねない恐れがある。確実を期すためには、以下のことを別に筮して、補足とする。

・国の経済状況の推移。国家的規模の災害に見舞われた場合、経済的な大打撃をこうむるため、もっとも確実な指標となりうる。また、一時に海外から救援資金と物資が集中するようであれば、その動く時期を知ることで、事後の日付をある程度確定できる。大なれば国、小なれば都道府県、あるいは市町村規模での査定も可能。国内の場合は、義援金の動きではなく、支援金の動きに限定する。なぜなら、義援金は直接被害者のもとに届けられる性質のものであるので、いったん赤十字などでプールした後に支給され、場合によっては半年以上経過しなければ被災地には届かないし、福島の原発周辺区域の皆さんのように、被災者が移転を余儀なくされた場合など、被災地以外のに届くこともある。日本財団などの支援金は、速やかに被災地の復旧予算に充当できるよう届けられるから、着眼するなら支援金の方。具体的な場所を示せなくとも、ベクトルくらいは把握できる。金融の知識があれば、株や為替の動向でも判断できるかもしれない。

・特定の地域に住む人々の年運を調べる。被災地となりうる場所を特定出来たら、その地域に住む人々や、その地域にある建物の運勢を筮する。官鬼の害などが一定の期間に集中していれば、被災の時期を裏付ける。親族や友人よりも赤の他人を筮することを勧める。官鬼と子孫に着眼しなければならない以上、応爻を用神に出来る方が都合がよい。

・災害後の動きから地域を確定する。国の中枢にいる人や報道機関が、果たしていつどのような方位に動くかを知ることも、被災地の確定の一つの目安となりうる。

・緊急速報を受信する時期、あるいは有線などで避難勧告が放送される時期から予想する。

・私も京都で揺れを経験した阪神淡路大震災の時は、村山富市が首相だったが、最後の最後まで自衛隊の出動をためらっていたのを覚えている。複数の県にまたがる広域災害が起きた時、余程の自衛隊嫌いの政党が与党となっているのでなければ、速やかに自衛隊が出動するだろうから、自衛隊の災害用車両が緊急出動する時期や方位を調べることも重要。

・台風や竜巻、突風、豪雨、落雷などは気象占の領域。地震/火山/津波は天災占。物理的な災害は物来我就の理で読むケースもあるので、求財占なども抑えておく。作物の被害は農業占。災害がきっかけとなって体調を崩す可能性がある場合は身命占(疾病占は病気の種類や治療法を推察するためのもの)。死期から逆算する場合は天寿占。

他、思いついた時点で追記予定。とにかくどれだけ慎重を期しても足りないジャンル。

終戦記念日に思う

火曜日, 8月 15th, 2017

精霊流しが済んで、お盆も一段落。お盆って正月以上に人生について考えさせられるわよね。占術に沿うて生きながら、どの占い師とも関わらず、Xジェンダーでありながら、友人以外のセクシュアルマイノリティとは距離を置く人生。以前は忸怩たる想いにとらわれたこともあったけれど、今はそれが私なりにしっくりとくる生き方なのだという確信を得ている。本業も副業も順調で、時々無駄遣いをして手元不如意になる以外は、何不自由なく生活させてもらっているし、煩悶懊悩と無縁とまではいかないまでも、そこそこ安泰な身の上なので、もうこのままでいい。

都市部に出かけるたびに、人の多さと建物の密集ぶりに気分が悪くなるから、よほどのことがない限り引っ越さないだろうし、引っ越したとしても、今住んでいるところと同程度の僻地に住むことになるはず。

先祖代々の土地で、花や野菜や果樹を育てながら、アトリエで作品制作にいそしみ、防音室で楽器と戯れ、その傍ら、断易の研究を続ける。そんな人生を目指して、今日も自律訓練法。遅々たる歩みではあるが、確実に上達している。独学独習ながら、一日も欠かさず訓練を続け、先日、五ヵ月目に突入。もう一度使用したテキストを最初から読み直そう。

stargazerがフリーソフトでなくなっていた件

月曜日, 8月 14th, 2017

二十年近く前にニフティサーブから延々数十時間かけてダウンロードした記憶がある小曾根氏の占星術ソフトstargazer。その月は電話代の請求がものすごいことになって、当時フリーソフトだったにも関わらず、下手なシェアウェアより結果的に金がかかったのよね。そう、当時は無料で配布されていたのよ。ニフティサーブに契約するのにお金が必要だったけどね。それにしても、ニフティサーブときたもんだ。懐かしい響き。

断易を初めて十六年、生涯この占術の勉強を続けようと決意した私は、もう占星術を本格的にやる気はないし、かつて覚えたこともほぼ忘れているんだけど、専門ではなく比較対象として考察するのは面白いかと思い、さてstargazerでもダウンロードしてインストールしようかしらと検索をして、すでにフリーフェアではなくなっていたという事実に愕然としている次第。なおこの場合のフリーは無料という意味ね。

かなり以前に断易発玄と読み比べるのに金融占星術という本を買って、それにおまけCD-ROMがついていたような気もするけど、Win10で果たして正常に動くのかどうか。それ以前に自室の本の山から探すの面倒くさいのよね。確か四柱推命と紫微斗も作盤出来たはずだが、その手の占術はDSでも出来るし、amazonで古書を買ったものかどうか迷っているところ。占星術が好きで好きでたまらない人にとっては有用なことこの上ないから、迷わず最新版を購入するんでしょうが、先ごろ上陸したルマンドアイスが何十本も買えちゃうしさ、同じ金額で。どれだけソフトが有能でも、読む人間が私のように無能なら、総じて意味もないわけで。とりあえず金融占星術を見つけ次第インストールしてみることにするか。正直断易で占った方が確実だし、早い。

ところで、amazonのレビューで「東洋占術は23時から日付が変わるので」とか書いている人がいるけど、東洋占術でも、本来は日付は自然時0時で変わります。23時は子の刻が始まる時間。日付が変わるのは子の中刻である午前0時――つまり正子の時。もちろん「まさこ」じゃないわよ。「しょうね」よ。このあたりが理解できていないから、年始の時期も立春だ春分だとかまびすしいことになっているのよね。私は冬至の一点張りを続けるから。歳星と日辰、月建と時値はそれぞれ対応している。そこに干支暦の占術的機能性と数学的美しさが凝縮されている。23時から日付が変わると言い張る人たちは、今日からでもお昼ご飯は11時にどうぞ。それが筋を通すってことよ。

追記。書いていて、著作権厨であるにも関わらず、著作権の失効期間のことをまるで理解していなかったホットケーキのことを思い出した。占星術のメーリングリストはあいつがうざかったのでとっとと退会したのよね。

過去記事に関して

月曜日, 8月 7th, 2017

推敲が面倒で放置している 過去記事に関して。まず原稿に加えるために、断易関連の投稿から修正していくことにした。

記事の日付は初回の投稿時の時間で設定しているため、どれだけ更新しても埋没してしまう宿命なのだが、時々断易関連の語句で検索してくる人もいるからいいかなと。

老婆心ながら

土曜日, 8月 5th, 2017

私を心底満足させてくれる情報など、ネットにはないに等しいということに気づいて以来、断易に関してググるということはなくなったが、この間は仕事がらみで調べないといけないことがあったのに、どうしたことだか「断易」という語句を入力して検索をしてしまって、とあるブログの記事に遭遇。そのブログの存在は以前から知っていたし、断易に関するブログの中では間違いなく有益な方だという認識をしていたので、その内容に釈然としない想いを抱いてしまった。

ブログ主曰く、軍事占では我が将を子孫、敵将を官鬼として判断したりするので、スポーツの試合でも、それを敷衍して、世爻応爻以外に、子孫と官鬼に着眼してもいいのではないか――ということだったんだが、確定情報ではなく仮説の提唱であるというという点で酌むべき部分もあるにしても、官鬼と子孫で判断するのはいささか不都合も多いのではないかと感じたのね。

軍事占においてもっともゆるがせにしてはならない、官鬼と子孫のパワーバランスだけど、なぜ官鬼と子孫になるかというと、我と我が国を世爻、彼と彼の国が応爻であるという前提で、我を傷つけ苦しめる星である官鬼を敵軍の将とみなし、それを制することが出来る唯一の五類である子孫を我が国の安寧を維持する将とする――という考え方があるからなのね。おそらくこのブログ主も、他の記事の文章から推察するに、そのあたりのことは十分に知悉しているはず。それなのになぜ官鬼と子孫でスポーツの勝敗の判断が出来るのではないかと考えたのか、そのあたりが謎というか、消化不良。ケアレスミスかしら。

一つには、戦争に関しても、スポーツに関しても、勝敗や敵味方という概念を共有するからなんだろうけど、戦争における敵はenemyであり、スポーツにおける敵はrival。だから前者に関しては、敵=官鬼でいいけれど、後者の場合は、敵=兄弟と考えるのが順当。なんとなれば、兄弟は同じ利益や権利、名声を奪い合う敵対者の用神だから。監督と選手は運命共同体である以上、敵の監督の用神は兄弟となる。ここまで書けばわかるわよね。そう、スポーツにおいて、世爻応爻以外で勝敗を左右する用神を求める場合、軍事占のように官鬼と子孫を判断に加えるのではなく、あくまでも兄弟と官鬼。忌殺である子孫が動けば、むしろチームは負けてしまうのよね。

スポーツを占う場合に注意すべき点を挙げておくと、ホームかアウェイかという点を考慮する場合には、軍事占の断法も、ある程度有用になる。しかし、不倶戴天の国や地域同士が代理戦争目的で行い、その結果ホームだったりアウェイだったり、試合会場近辺が興奮したフーリガンによって破壊されつくしたり、相手が死ぬまで石を投げあう石合戦がオリンピック種目として採用されるなどとという極めて特殊な状況でなければ、参考にすべきはあくまでもライバルと競い合い結果を残すという共通のバックボーンを持つ試験占や功名占の断法以外には考えられない。角度を変えて占いたい場合は、賞金や優勝カップがどのチームにもたらされるかという観点で筮するのも良い。その場合は財事占。我から求めれば凶。物から来れば吉。おそらく一番判断に迷うのが、フィギュアスケートなど、複数の審査員の判断で順位が左右される競技。厳格なポイント制である分割り引いて考える必要もあるが、裁判占や選挙占の断法が参考になる。

基本的には「出来る子」であるくだんのブログ主がこの投稿を読んだら、十中八九不快に感じるだろうとは思うが、出来る子であればこそ、放置しておいてはいけない気がするので、タイトルに書いた通り、老婆心ながら、私見を述べておく。

メモ 尅の接続について

火曜日, 7月 18th, 2017

原稿用メモ。接続の生以外の接続について。

生を貪り合を貪り、刑冲尅害みな忘るという言葉があるように、発動した爻がある爻を生じ、その爻がまた別の爻を生じた場合は、接続の生と呼ばれる状態となる。この場合、爻位の差を物理的・心理的な距離として解釈し、接続の生が成立するか否かの分水嶺とする一派があるようだが、移動や伝達の方法が速くて馬しかなかった時代ならいざ知らず、あらゆる手段で情報や物資が駆け巡る現代においてそのまま通用するとは到底思えない。そもそも爻位の差が物理的距離を示すのは、此地を世爻、彼地を応爻と見立てた場合、あるいはそのような解釈ができる場合に限られ、常に距離のみを示すわけではなく、時としてそれは社会的立場の違いであり、また主義主張の差であるため、充分に相互干渉が可能な場合も多く、一概に爻位が離れすぎているから成立しないと断じるのは、短絡的に過ぎるきらいがある。

接続の生以外にも、書籍では言及されてはいないが、接続の尅とでも呼ぶべきケースも存在する。元来、何かを尅すものが尅されるというのは、忌神により艱難が尅去され害を免れると解釈するのだが、これは物来たりて我に就くの理で判断する占的に関しては当てはまらない。

例えば、世爻を債権者、応爻を被債権者とした場合、間爻は仲介人なり取立人なりの個人や機関を示す。間爻を想定しない場合、応爻が発動し、世爻が安静で、世爻に対して応爻より尅・冲・生・合があれば、それぞれに応じたペースで返済がある。場合によっては刑害も含むが、刑と害に関しては、意義が軽く、単に返済の意思のみを示すことがあり、先の四つほどの確実性はない。このあたりのことは、基本の解釈となるので、どのテキストにも記載があるはずだが、応爻が発動し、さらに間爻が発動し、世爻に干渉するケースも考えられる。とりわけ、応爻が間爻を尅し、間爻が世爻を尅した場合、尅去とは解釈せず、仲介者を通じて相手から速やかに返済があると判断する。これは尅が単に金銭の迅速な移動を示すからである。もっとも尅や冲によってあらわされる返金は、しばしば相手の側にやむにやまれぬ事情があるため、世爻の側が旺相していたり、日辰月建などから生合がなければ、尅の勢いに飲まれてしまうこともあるので、世爻の強弱にも注意する必要があるのだが、接続の生という概念があるのであれば、このようなケースも、占的に応じて一般化し、「接続の尅」と表現してもいいのではないか。

応爻から間爻、間爻から世爻への干渉の組み合わせは、単純に尅・冲・生・合だけを考えても十六通り。もっとも合と冲に関しては、世爻と応爻が同一の支となる必要があるので、納甲により除外される。世爻と応爻が同一の支となるのは、風地観の未土と、地風升の丑土の二種のみ。風地観の場合は、間爻は二爻巳火にして三爻卯木、地風升は二爻亥水にして三爻酉金のため、いずれも接続は成立しない。実際には三合なども関わってくるし、世爻応爻以外の五類を用神とした場合についての地支の組み合わせも考慮する必要があるので、後で確認する。

《補足》

通常間爻といえば、世爻と応爻の間の爻を示すが、応爻ではなく五類を用神とした場合、別の五類が間爻と同等の役割を果たす場合がある。例えば世爻と父母の関係で何かを判断する時、兄弟が発動したら、世爻から見て兄弟姉妹にあたる人物、あるいはそれに類する人物が何らかの役割を果たすと解釈するような場合である。したがって、そのようなケースでも、接続の有無についてその都度考察する必要がある。また、間爻は機関や個人だけでなく、経由地を示すこともあるため、可能性がある解釈に関しては、逐次記載して一つ一つ検討した方が良い。

2017/07/20追記。爻位をそのまま用神として用いるかどうかの差もあるんだろうと思う。九鬼断易も、爻位をそのまま用神とする断法がないわけではないが、基本は五類と世爻応爻での分類をするため、初爻と上爻の発動であっても、接続の生として判断する。ただ、爻位を用神とする場合であっても、それが爻であれば、相互干渉は成立する。そのため、絶対的立場にある相手は、通常、爻ではなく、不可侵の存在として、四値により表される場合が多い。

今日も今日とて

月曜日, 7月 17th, 2017

書類を作りつつ、バックグラウンドでせっせと国会図書館より高島易関連のPDFをダウンロード中。高島嘉右衛門というと、易聖と呼ばれたくらいの人なんだけど、私は周易は専門外なのでピンとこない部分も多々あるのよね。何しろ、卦辞爻辞で占筮を行う人の場合、言葉遊びの範疇にとどまっている人も少なからずいて、しかもその解釈が2cmくらいの深みしかなくて唖然とすることも多いので、凄みが全然伝わらないというか。占筮時の日付が書いてあれば、九鬼の「周易の達人と呼ばれた人たちは、皆ひそかに断易の技法を用いて判断してきた」説に、どの程度の信憑性があるかを把握するための一つのバロメーターにもなるし。

それと、高島嘉右衛門と九鬼の交流についても何か記載がないか調べてみたい。さすがに人気のない砂浜を追いかけっこしてキャッキャウフフ嘉右衛門様この盛隆めを捕まえてごらんなさいなの関係であってほしいなんて考えは微塵もないが、米株易占の題字を嘉右衛門が書した理由や、判断に迷った卦を九鬼に送って解釈をしてもらった経緯などが詳細に記載されていないかと期待している。それと、肯定的な評価だけでなく否定的な意見も知りたい。

それにしても、国会図書館のスタッフは、ファイルをトリミングする気はないのかしらね。余白が多すぎるでござるよ。

ちなみに、現高島易断は高島嘉右衛門個人とはほぼ無関係。「易之極意」の中で、卜筮正宗をベースに、簡潔に断易に関してまとめていた柄澤照覚が一時嘉右衛門の門下生だったという話らしく、このあたりの話は「現代之人物観無遠慮に申上候」という本にしたためてある。なかなか興味深かった。

やはりデジタルライブラリは資料の宝庫

水曜日, 7月 12th, 2017

まあ私が求めているような断易の資料はほぼないに等しいんだけどね。断易精蘊の原本が非公開になって以降は、渋江羽化や柄澤照覚くらいしか勧められないが、それはあくまでも断易だけの話。周易や、読む気はないけど九星に関する本は、これでもかというくらい目白押し。千円で理想の家が建つ云々なんて蠱惑的なタイトルの家相の本もあって、時代を感じることしきり。多少古くてもいいのよ。枝葉末節は千変万化したとしても、根源となる易理が変化することは、宇宙が収縮でもし始めない限り、ないんだから。

先日の記事でもさらりと書いたように、九鬼断易の三部作、断易精蘊・断易真義・断易発玄についてまとめた本を出そうともくろんでいる。自費出版にするか、あるいはkindle限定にするかはまだ未定ながら、私が生きてきた証として、学んできたことの集大成を遺しておきたい。易学須知や神蓍辨義、米株易占については華麗にスルー。九鬼が本道宣布会から出している著作の中に、一部断易に関する記述がありはするんだが、個人的にどうかと思うこともあるので、それについても割愛するか、あるいはコラムとして扱う予定。

本を書くといっても、今はもう断易の本など掃いて捨てるほど――とまでは言わないが、そこそこの数が出版されているわけよね。九鬼の三部作も、当然それぞれ別個に手に入る。ただ、三冊すべてを系統立てて解説した本はないし、九鬼の断法の論述と、それに付随する占例の判断上の矛盾点を指摘、もしくは再解釈したものもない。私が書きたいのは、あくまでも九鬼の断易を踏襲したい人たちのための参考書なんだが、やはり理論的な裏付けなり信憑性なりは欲しいので、そのための資料となりそうな本を、片っ端から検索してはダウンロードしている。コマンドプロンプトから起動するダウンローダーを使ってみたら、これがすごくいいのよ。目次もきちんとつけてくれて。本当、技術がある人がうらやましいわ。

そういうわけで、せっせと資料になりそうな本を蓄積中。再来年までには書きあがるかしら。奮起のしどころだわ。

久々に暦の更新

月曜日, 7月 3rd, 2017

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エクセルで占断用紙を自作し、それに連動させる形で干支暦を使っている上、斯界でもっとも洗練された冬至年始説を踏襲している関係上、暦は手作りせざるをえない。まあ、CASIOのサイトから、二十四節気と均時差を拝借してささっと作ればいいんだが、何をするにも腰が重くて、なかなか実行できないのよね。性格上。今日は、意を決して、2021年までの暦を作成。面倒だけど充実した占断用ファイルが完成したわ。一応水土独立説と一体説、両方に対応出来るようにしているので、比較も出来るはずなんだけど、面倒くさいので通常は独立説のシートだけでの判断しかしていない。

直近の問筮は、親族の天命占。筮した時にはすでに亡くなっていたらしいんだけどね。

暦に関しては、書かなければいけないことが結構あるんだけど、まだ昔の資料を読み直していないので、後日。エクセルで入力しているとわかるんだけど、視覚的にも冬至説が一番エレガント。これは譲らぬ。