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淫祠

土曜日, 8月 19th, 2017

官鬼を宗廟寺社として判断した場合、玄武が臨めば、あるいは陰爻であれば、それを淫祠(いんし)と解釈する場合がある。我が家の電子辞書さんによると「邪神を祀る祠」ということになっているらしいが、個人的には、井上円了が定義した、「道理に反した、あるいは非道徳的な願いを叶えるための儀式を行う場所」という解釈が妥当と思う。たとえ道理にかなっていたとしても、真言立川流や性魔術のような場合は、玄武の持つ性的な意味合いからも淫祠に分類すべき。

私の場合は、基本的に懐疑論者で、神仏や霊を信じて云々という感覚はほとんどないため、今一つ受け入れがたく思っているのだが、通常、正神正仏は、断易においては、四値で示される。爻の上に顕れる官鬼は、往々にして物理的に存在するものを示すが、まれに超自然的な神仏や人霊の類を指す場合は、高位の神仏よりも霊位の低い精霊や自然神、あるいは依り代としてのご神体の類か、人霊、邪神、邪霊、動物霊の類となる。旺相していれば力は強く、衰弱していれば弱い。善悪を知りたい場合は、青龍、朱雀、勾陳であれば信頼が出来、トウ蛇、白虎、玄武であれば、危険な存在と判断する。ただこれも、占的によって、例えば切除術を得意とする外科医の指導霊云々と筮した場合は、血を好む白虎が臨むのを吉とするので、六神のみで短絡的に善悪の判断をすることは薦めない。後述する解説の中で「青龍が臨めば正神」と記されているが、正式な儀式を経て御霊入れされた神仏像や、善良な自然霊、竜神などの類とした方が断易の理に適う。

ピタゴラス派の数秘術の一種として、以前ムーの実用スペシャルで霊祟秘伝なるシュールな占いが紹介されたことがあったが、断易における祟禍占は、疾病占の一種として分類されている。断易精蘊より一部抜き書きをしておいた。九鬼はこのジャンルに関しては資料も実占も極端に少ないので、不十分な解説しか出来ないと忸怩たる想いを吐露している。八幡書店の断易精蘊は、鴨書店が再刊した断易真義、それから原書房再刊の断易発玄と三冊揃えて学ぶのが良い。ただし、相応の読解力が必要。少なくとも易(ピー)大全の著述上の矛盾程度は見抜けないと話にならない。

およそ祟禍を占い、卦中の官鬼が休囚、空亡、破、墓、絶にあれば、皆鬼神の祟りではない。官鬼旺相し、あるいは日月を帯び、あるいは冲起合起などの象があれば、皆、霊魔の禍として論じる。

官鬼の五行をもって、何の祟禍かを知るには、次のようにする。
木行の官鬼は、東方の神霊を犯すか、あるいは樹木の精、また凶方に建築修繕した祟り、あるいは縊死、また木によって死んだ怨霊。
火行の官鬼は、南方の神霊を犯すか、あるいは南の凶方を犯すか、あるいは竈や炉をつぶしたか、あるいは火により死んだ怨霊。
土行の官鬼は、中央の廟祠を犯すか、あるいは凶方の土を動かし、あるいは土壌の死因に関わる霊か、あるいは田野の神、山祇神等の祟り。
金行の官鬼は、西方の神の祟りか、あるいは西の凶方位を犯すか、あるいは武神金像、あるいは刀剣金傷により亡くなった怨霊。
水行の官鬼は、北方の神を犯すか、北の凶方位を犯すか、あるいは水神や井戸の祟り、あるいは水死による怨霊。

官鬼の六神をもって、その祟りの原因を知るには次のようにする。

青竜は正神。
朱雀は呪詛。
勾陳は土を動かす禍。
トウ蛇は魅蛇、あるいは妖邪
白虎は血涜金像
玄武は死因が不明の陰鬼等

官鬼が陽爻に属すれば陽神とし、宗祖の霊とし、男子の霊とする。陰爻に属すれば、陰鬼とし、淫祠とし、女子の霊魂とする。

八卦をもって推察するには、次のようにする。

乾は正神とし、祖宗の霊とし、郊野の神とする。
坤は田土の神、あるいは墳墓の祟りとする。
震は古木老樹の精とする。
巽は縊死、木害による霊とする。
坎は水神、水死の霊とする。
離は文神、焚死の霊とする。
艮を山精、山祇神、また墳陵とする。
兌を寺院、仏魔、仏像に関わる祟りとする。

他は八卦の象意より判断する。

爻位より判断する場合は

初爻は井戸
二爻は宅舎の禍
三爻は門戸
四爻は壁や塀
五爻は道路
上爻は、遠いところの霊でなければ、祖先の祟りとする。

卦身をもって判断する場合は、次のようにする。

官鬼が卦身を剋すれば、家に怨恨がある。
卦身が官鬼を剋すれば、妻妾の陰鬼とする。
卦身が官鬼を生じれば、小児あるいは僧侶道の鬼とする。
官鬼が卦身を生じれば、祖先等の霊とする。
生剋合冲なければ、兄弟朋友の霊と断じる。

官鬼が墓に入れば伏屍とし、刑を帯びれば刑死の鬼とし、絶に逢えば供養されていない霊とし、太歳が臨めば祖先の霊とし、日月が臨めば亡くなったばかりの霊とし、墓が刑を兼ねれば、刑死した霊とする。
妻財が発動して官鬼に化せば、婦人の霊魂とする。もし官鬼に合したり、化出の官鬼と合したりすれば、いずれも情交を持った婦女の恨みとする。妻財が世爻官鬼の下に伏したとしても同様。
官鬼が発動すれば、その化出の六神を見る。玄武は私怨がある霊。トウ蛇は魑魅の妖。もし坎宮のトウ蛇の官鬼であれば、必ず狐狸の憑依とする。
官鬼が世爻に臨んでいれば、未だに願いをかなえていないための禍である。世爻の下に伏せば、誠心誠意祀っていないことからの祟り。妻財が空亡に化せば、祭祀を廃止したための祟りである。
官鬼が二爻にあれば、住宅の不安がある。応爻上に臨めば、その宅の門口不利の祟りである。
官鬼がトウ蛇を持せば、虚驚怪異の事がある。陰爻にあっては、夢寐(むび)の驚とする。世爻を剋すれば、夢の中で神仏の祟りであることが示されることがある。
官鬼が二爻の木に臨み、あるいは父母の爻の下に、木行の官鬼が伏していれば、埋葬の仕方のせいで、霊が安んじていない。
祟禍の原因を明らかにすれば、それぞれの方法で、謹んで儀式や供養を行って解決すること。

ただの抜き書きで、誤変換や誤入力もあるのだがとりあえずそのままで。後日kindle版では時代背景の差異も考慮しつつ、修正をする予定。

まあのんびりと

火曜日, 8月 1st, 2017

断易の本は、それこそ気軽に携帯できるように、KDPで発表することに決めた。全体の十分の一程度を書き終えたところ。順調にいけば来年末には公開できると思う。その準備段階というわけではないにしても、練習がてら、過去の書き物を細切れにしてkindleから出しているわけだが、どれもまだ表紙が準備できていない。見るからにやっつけ仕事なので今読まれると恥ずかしいかもしれない。まあ、私の書くものを読みたがる人というのはいないに等しいのでいいんだけどね。いくつか非公開の物もあるため、都合後二つほど出したら、表紙の作成を始める。画像編集の練習を兼ねて。

別に大勢の人に読んでもらいたいとは思わない。理解できる道理もないもの。ただ、いつ死んでもいいように、整理しておこうと思っただけ。

穏やかに生きて、穏やかに旅立ちたい。もうそれだけを願うばかり。